無 名 抄 に 見 る 峠

−地理上の峠ではなく、「絶頂の境地」の意味−


作 者 : 鴨 長 明

 仁平3年(1153年)生まれ、建保4年(1216年)没。僧名は連胤。京都下加茂神社の摂社河合社の禰宜の子で、父のあとを望んで果たせず、隠遁したという。
 「方丈記」はあまりにも有名。他に「十訓抄」など。

成 立 : 建歴2年(1212年)

内 容

 歌論、及び歌人の逸話、歌人の旧跡などを記したもの。

−出典:「近代の歌の躰の事」より−
 (前略)...されば、いかにも此の躰を心得る事は、骨法ある人の、境に入り、を越えて後あるべき事なり。(後略)

 この段では、和歌の歌風の歴史を通して近代の和歌の意義、長明自身の考え方を表している。抜き出した部分を口語訳すると、 「...してみると、この新しい歌風を会得するということは、和歌の作法を心得た人が、さらに名人の境地に進み、奥義に到達したあとに、初めて可能なことである。」となる。
 つまり「奥義に到達」という意味で使われていて、地理でいう「峠」とは意味合いが違う。でも、まあ、「見付けました」ということで(^^;
 但し、底本での確認は完了していません。


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