万 葉 集 に 見 る 峠

−「坂」「山」「越」そして「たむけ」が登場−


 万葉集は8世紀中頃に成立した我が国最古の歌集です。古事記同様、峠を「坂」で表現しているものが圧倒的に多いのですが、山を越える道という意味で「山」と表記する例も多く見受けられます。
 また、峠そのものを「たむけ」と表現するなど神の存在する場所として峠を捉えているものが多く出てくるのも特徴の一つです。
 歌の前の数字は「巻数−通し番号」の意味です。


・「坂」で表現された峠

03-0427 百足らず八十隅坂に手向けせば過ぎにし人にけだしあはぬかも

06-1022 (前略)..八十氏人の手向する 恐の坂に幣奉り..(後略)

09-1675 藤白のみ坂を越ゆと白たへのわが衣手はぬれにけるかも
和歌山県海南市−有田市。麓に藤白神社がある。

09-1707 山城の久世の鷺坂神代より春は萌りつつ秋は散りけり−他多数

09-1752 い行相の坂のふもとに咲きをるる櫻の花を見せむ児もがも

09-1780 牡牛の三宅の坂にさし向かう 鹿島の崎に..(後略)

10-2185 大坂をわが越え来れば二上にもみち葉流る時雨ふりつつ
穴虫峠のこと。

12-3194 気の緒にわが思ふ君は鶏が鳴く東方の坂を今日か越ゆらむ
足柄峠、または碓氷峠のことと思われる。

14-3371 足柄のみ坂かしこみくもり夜の吾が下延へを言出つるかも−他多数
現在の足柄峠のこと。

14-3442 東路の手児の呼坂越えがねて山にか寝むも宿は無しに−他多数

18-4055 かへるみの道行かむ日は五幡の坂に袖振れ吾をしおもはば

20-4402 ちはやぶる神の御坂に幣奉り齋ふいのちは母父がため−他多数
現在の神坂峠のことか。

20-4407 ひなくもり碓日の坂を越えしだに妹がこひしく忘らえぬかも
現在の碓氷峠のこと

・「山」で表現された峠

04-0567 周防なる磐國山を越えむ日は手向けよくせよ荒しその道

06-1017 ゆふだたみ手向けの山を今日越えていづれの野邊にいほりせむ吾等

10-2283 吾妹子に相坂山のはだすすき穂には咲き出でず恋ひわたるかも−他多数
滋賀県と京都府の境。または「逢坂山」と表記。

12-3151 よそのみに君を相見て木綿だたみ手向けの山を明日か越え去なむ

12-3191 よしえやし恋ひじとすれど木綿間山越えにし君が思ほゆらくに

13-3236 空みつ大和の國 あをによし奈良山越えて山城の..(後略)−他多数
奈良山は奈良市北部の丘陵地帯を指す。「奈良山越え」という文字も存在するが、どの地点を特定するかは不明。

13-3318 ..(前略)勢の山越えて行きし君 いつ来まさむと..(後略)−−他多数

14-3402 日の暮れに碓日の山を越ゆる日は夫のが袖もさやに振らしつ
現在の碓氷峠のこと。

15-3590 妹にあはずあらば術なみ岩根ふむ生駒の山を越えてぞ吾が来る
暗峠のことを指しているのでは。

15-3757 吾が身こそ關山越えて此処にあらめ心は妹に寄りしものを−他多数

・「越」で表現された峠

12-3195 磐城山直越え来ませ磯崎の許奴美の濱にに吾立ち待たむ

・「たむけ」で表現された峠

03-0300 佐保過ぎて寧楽のたむけに置く幣は妹を目離れず相見しめとぞ
寧楽とは奈良山と同義。

15-3730 かしこみと告らずありしをみ越路のたむけに立ちて妹が名告りつ

・峠を指していると思われる言葉

04-0495 朝日影にほへる山に照る月の飽かざる君を山越に置きて

10-3148 玉くしろまき寝し妹を月も経ず置きてや越えむこの山の岬−他14-3394
「岬」という文字には「山と山の間」「やまあい」という意味もある。

将来現地調査をして見るつもりです。


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