「たむけ」が「峠」に変化したことに対する仮説


 「峠」の語源が「たむけ」または「たわむ」から来ているのは広く知られているところですが、「たむけ」から「峠」に変化した過程を説明したものは一つもありません。そこで考えてみました。

 最初「峠」は「たむけ」であった。後に和歌以外のジャンルで「たむけ」に対して「到下」「当下」の文字が当てられるようになった。(注1)しかし当時最高の学問の一つであった和歌では「到下」という漢字が嫌われ、「たむけ」「たうげ」と平仮名で表記された。(注2)
 また、和歌以外の作品(太平記等)ではそのまま「到下」と表記された。
 しばらく「到下」、「たうげ」、「たむけ」が共存していたが、
 a.和歌の世界で政治的実力者(天皇等)が「峠」の文字を作り、これが一般化し た。
 b.和歌以外の世界で「峠」の文字が生み出され、この文字が和歌の世界にも取り 入られ、一般化した。

(注1)
 実際「とうげ」の当て字としては「到下」は非常に優れていると思っています。「山を登る」という行為と「峠を登る」という行為は本質的に全く異なります。山頂は山岳信仰で言うところの「神」が存在し、つまり「山に登る」という行為は山頂に行くことが目的となります。
 しかし峠はそれを越えて反対側の町に行くための厄介な中間点。嫌々登り、やっと一息つける場所が「下りに到る地点」であり「到下」なのです。これほどわかりやすく、的を得た当て字が他にあるでしょうか。極論すれば、「峠」より「到下」の方が「とうげ」の意味としては正解かもしれません。

(注2)
 当時、和歌といえば最高の学問の一つでした。従って「峠」の出生を考える上において「和歌」の存在を無視するわけには行きません。「到下」と表記された部分を和歌に見付けることは非常に難しく、何らかの理由である一定の漢字が嫌われていたと考えます。これについては和歌をもっと研究する必要があると考えます。

 上記の仮説については、現在国語学者の先生にご意見を伺っています。いずれにしても「峠」、「到下」の初出を含む用例をもっと収集しなければなりません。頑張ります。