峠 の 表 裏 論


 日本の民俗学の開祖、柳田国男はその著書である「秋風帖」の中で、峠の表裏について言及しています。かなり有名な理論ですが、ご存じ無い方のために引用してみましょう。読みやすいように、私が勝手に改行しています。

 峠に来て立ち止まると、必ず今まで吹かなかった風が吹く。気分ががらりと変わり、単に日の色や、陰陽が違うのみならず、山路の光景が変わってくる。見下ろす山里は却って左右よく似ていても、一方の平地が他の一方より高いとか、一方の山側は急傾斜で、他の一方は緩であるとかいうことがいちじるしく眼につく。
 麓から頂上までの路はいろいろと曲折していても結局これを甲、乙の二種類に分類することが出来ます。前者は頂上近くになって急に険しくなる道、後者は麓に近い部分が独り険しい道である。
 古くからの峠なら、一方を甲種、他は乙種であり、これらを峠の表裏と名付け、表口とは登りに開いた道で、裏口とは降りに開いた道である。

 峠の表裏論は上図のように描くことが出来ます。つまり、甲種の「頂上近くになって急に険しくなる道」とは、まず沢筋の緩やかな路を上流に詰めていき、山肌に取り付きます。ここから崖沿いの道や、九十九折りなどで急激に峠まで高度を上げている路のことを指します。
 乙種の「麓に近い部分が独り険しい道」とは、峠から緩やかな尾根沿いの路を通り、目的の集落付近で尾根筋を離れて九十九折り等で一気に急降下している路のことを指します。
 峠の成立過程において、その登り口として開かれた甲を「峠の表」、下り路として開かれた乙を「峠の裏」と呼びます。
 だいたいにおいて「峠の表」と呼ばれる側にある集落は、「峠の裏」と呼ばれる側にある集落より経済的に豊かで、文化が進んでいました。文化、人、モノ、カネは「表」から「裏」へと流れていったのです。皆さんもこの事を頭に置いて地形図を眺めると、面白さも倍増するのではないでしょうか。

 a.沢筋の路(雁峠:山梨−埼玉)
 まず沢筋を登る。勾配は緩やかだが、路面は常に荒れていると思って間違いない。大きな石がごろごろしていて、いつもじめじめしている。虫の攻撃も受けやすい。しかし飲料水の心配が要らず、水流の音が耳に優しい。
b.崖沿いの路(大楢峠:東京)
 沢筋を離れ、山肌に取り付く。沢筋から離れた直後はきつい九十九折りであることが多い。その後勾配を増し、崖沿いの路を進む。崩落箇所が多い場合もあり、滑落の危険もあるため注意が必要。この辺は鳥の囀りが心地よい。 
 c.九十九折りの路(浅間峠:東京−山梨)
 崖沿いの道を暫く進み、峠直下から九十九折りで一気に駆け上がる。かなりきつい勾配。最後の一踏ん張り。
 d.尾根筋の路(奈良子峠:東京−神奈川)
 峠で一休みした後、支尾根を通って反対側に下っていく。勾配は緩く、展望も良い。パスハン中最もホッとする路だ。
 e.九十九折りの路(金山峠:山梨)
 尾根筋を離れ、目的の集落まで九十九折りで一気に降下する。集落の様子が真下に見え、自動車や電車の音が聞こえてくる頃。勾配はかなりきつい。疲れていると膝が大笑いするので注意。

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