古 事 記 に 見 る 峠

−「峠」の最古の表記は「坂」−


 古事記は現存する我が国最古の文献です。割と短い文章なので、全部通して読まれた方も多いと思います。古事記が成立したのが西暦712年、「峠」の文字は存在せず、「峠」は「坂」と表されているか、単に「−−道」と表されています。古文によく出てくる「たむけ」「たお」「とお」もありません。
 以下は古事記から抜き出した「坂」です。文脈から考えて「峠」を表現しているだろうと思われるものだけを挙げています。


馬 坂(うまさか)

出典:中つ巻・孝霊天皇の項
状況:孝霊天皇の御陵の所在の説明。
所在:奈良県北葛城郡 ; 現峠名:不明、地名かもしれない

幣羅坂(へらさか)

出典:中つ巻・崇神天皇の項
状況:大彦が北陸に行くとき、この峠で歌を歌う少女に出会った。
所在:奈良市北部−京都府木津町? ; 現峠名:不明

丸邇坂(わにさか)

出典:中つ巻・崇神天皇の項
状況:ヒコクニブク(人名)がこの峠に瓶を据え、戦勝祈願をした。
所在:天理市和爾 ; 現峠名:不明、ただの坂かな?

足柄坂(あしがらさか)

出典:中つ巻・景行天皇の項
状況:倭武命(ヤマトタケルノミコト)が東征の帰り、この峠で白鹿に姿を変えた峠の神に会う。
所在:神奈川県南足柄市 ; 現峠名:足柄峠(日本書紀では碓日坂=碓氷峠となっている)

科野坂(しなのさか)

出典:中つ巻・景行天皇の項
状況:倭武命が東征の帰り、この峠で峠の神を説得する。
所在:長野県下伊那郡 ; 現峠名:神坂峠

杖衡坂(つえつきさか)

出典:中つ巻・景行天皇の項
状況:倭武命が東征の帰り、非常に疲れたので杖をつきながらこの峠を通った。
所在:三重県三重郡? ; 現峠名:不明

逢 坂(あふさか)

出典:中つ巻・仲哀天皇の項、その他多数
状況:背走したイサヒノ宿禰はこの峠まで退却し、体制を整えて反撃した。
所在:京都府と滋賀県の境 ; 現峠名:逢坂山
注意:逢坂山は峠名ではないが、「合う坂」の意で坂の出合う峠の意である。

大 坂(おおさか)

出典:中つ巻・応神天皇の項、その他多数
状況:天皇が酔っぱらってこの峠の石を打ったら、その石が逃げていった。
所在:奈良県北葛城郡 ; 現峠名:穴虫峠

波邇賦坂(はにふさか)

出典:下つ巻・履中天皇の項
状況:難波宮を放火され、逃げる途中にこの峠に立ち、燃えさかる宮を望み見た。
所在:大阪府南河内郡 ; 現峠名:不明

當藝麻道(たぎまち)

出典:下つ巻・履中天皇の項
状況:大坂を通って逃げようとした天皇は通りがかった女性にこの峠を通るように勧められる。
所在:奈良県北葛城郡 ; 現峠名:竹内峠?

日下之直越道(くさかのただごえのみち)

出典:下つ巻・雄略天皇の項
状況:天皇が日下にいた大后のもとに通った道。
所在:大阪府北河内郡 ; 現峠名:暗峠?

将来現地調査をして見るつもりです。


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