名越切通し

鎌倉七口・国指定史跡

神奈川県鎌倉市大町−逗子市小坪
2000.9.30

峠部分自転車持ち込み自粛

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 県道311号線を、釈迦堂口切通しの入口からさらに東に進む。名越踏切を渡ってJR横須賀線の南に出てからは県道を離れて線路沿いを走り、次の名越坂踏切を渡って再び線路の北側に出る。そして線路沿いのきつい坂道を上っていく。
 車道終点から右に折れ、仮設歩道を進む。下に見えているのはJR横須賀線の名越トンネル。この先の仮設歩道の終点で鉄パイプにチェーンをかけ、自転車に留守番をお願いする。
 トンネルの真上辺りで仮設歩道は終了し、いよいよ峠路となる。かなりの急勾配で、終始段差の大きい石段を登っていく。あまり聞き慣れない鳥の声を聞きながら、えっちらおっちら登っていく。清々しい空気でとてもいい気分だ。
 うっすらと汗が滲んできた頃、峠に到着。中世の世界そのままの佇まいだ。峠には峠の碑と、道の真ん中に巨大な岩が二つあった。この岩はわざと置かれたもので、自然に存在するものではない。この峠、鎌倉から三浦半島に通じる要路にて、戦略上にも重要な拠点であった。北条氏にとって一番の脅威は三浦一族。この道は三浦氏の居城である衣笠城に通じており、そのため峠に様々な工夫を凝らし、要塞化したのだ。この岩も相手の軍の侵攻を考えて通りにくくするために置いたものだという。
 峠から切通しの上に通じている細い道があったので登ってみると、そこは真っ平らの平場だった。下をのぞき込むと、ちょうど岩が二つ置かれた峠路の上に位置している。逗子側から攻めてきた軍はこの岩で隊列を乱し、そこをすかさず上から矢を射って敵を撃退するのである。まさに要塞、よく考えたものだ。
 逗子側の峠路の様子。石段はなく、なだらかで優しい道。普通の峠路とそう変わりはない。
 ついでに立ち寄った曼陀羅堂跡にて。往時の埋葬の場と言われており、たくさんの矢倉、五輪塔等に圧倒される。四季折々の花々が有名で、今日は彼岸花が盛りだった。

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