朝夷奈切通し

鎌倉七口・国指定史跡

神奈川県鎌倉市十二所−横浜市金沢区
2000.9.30

峠部分自転車持ち込み自粛

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 県道204号線を十二所バス停で東に折れ、峠を目指す。泉橋を渡って住宅地の中をしばらく走ると舗装が途切れる。勾配は緩く、走りやすい。なかなかいい雰囲気だ。
 右側には切り立った崖が聳え、左側には道路と殆ど変わらない高さで太刀洗川が流れている。なかなか迫力がある。都市部なのに深山幽谷の趣がある。
 峠と果樹園の分岐点。右の路は果樹園に向かう車道。左は切通しに向かう峠路だ。文化財保護の観点から今回峠には自転車を持ち込まず、この分岐点で待っていてもらうことにした。
 分岐点から峠に向かうと直ぐに滝があり、その横に切通しのいわれが書かれた碑が置かれていた。これによると、頼朝時代の侍所の初代別当和田義盛の三男、朝夷奈三郎義秀が一夜の内に切通しを切り抜いたことからこの名が付いたと言われているそうである。
 峠路序盤の様子。勾配は比較的緩いが、ここ数日雨など降っていないのにぐちゃぐちゃに路がぬかっている。路と平行して流れている沢の水が、常に流れ込んできてしまっているせいだろうか。
 峠路終盤の様子。直線的で、まるで中世鎌倉時代の舗装道路のような感じだ。こんな様子の峠路は初めて見る。昔は土などが覆っていたのであろうが、それが雨や沢の水で洗い流されて道路の基礎部分が露出し、さらに長い年月をかけて摩耗していった、と説明すればいいのだろうか。
 程なく峠に到着。見事な切通しのピークである。目を閉じれば少し強めの風の音とともに往事の賑わいが浮かんでくるようだ。鎌倉時代から現代まで現役で使われてきた峠だ。言葉ではうまく表現できない「重み」がある。 
 帰宅後、偶然この朝夷奈切通しについてこんな文章を見つけた。「道、阿佐比奈切通しとか、岩を切抜きし処、所々あり。高さ十間余りもあらん。南一方は海迄開けども、あとは何れも狭隘の道、険を設くるためならん。」これは塵壺からの引用。河井継之助も通った路だったんだ。
 切通しの西側にある、有名な磨崖仏。いつ頃彫られたものかはわからないらしいが、ここで古くから多くの旅人たちを見守ってきたのだろう。静かに手を合わせ、峠を後にした。
 鎌倉市の中心部に向かう途中で立ち寄った、頬焼阿弥陀と塩嘗地蔵で有名な光触寺。

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