宇津の谷峠(旧東海道)

静岡県岡部町−静岡市
2002.4.27

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 蔦の細道から下ってきた場合、公園を過ぎて坂下の集落に入る直前で、旧東海道の宇津ノ谷峠入口が現れる。車止めを越え、折り返して急坂の峠路を上っていく。
 峠路の勾配はきついが、簡易舗装されていて道幅は広く、走りやすい。ギアをインナー・ローに落としてゆっくりと上る。
 途中立ち寄った明治時代の宇津ノ谷トンネル。車止めがしてあるので四輪車は通行できないが、歩行者や二輪車は通行可能だ。何故か静岡側だけ照明設備がある。当然のことだが、私は怖くて通れなかった。(^^;
 明治時代の宇津ノ谷トンネルを東に少し下ると、大正時代の宇津ノ谷トンネルが口を開けていた。こちらはまだまだ現役で使われている。
 この宇津ノ谷峠、一番下に平成と昭和のトンネルが並んであり、その上に大正、またその上に明治のトンネルがある。更にその上に江戸時代の宇津ノ谷峠があり、その南に先ほど越えてきた中世の宇津ノ谷峠が存在する。これだけの物がしっかりと保存されている例は極めて珍しい。全てが歴史の証人だ。
 再び峠路に戻り、広い峠路を黙々と上る。途中、峠入口の案内板が現れ、細い脇道を上っていく。いよいよ山道、これから本番だ....。
 ....、と意気込んで最初のカーブを曲がったら、あっけなく峠に着いてしまい、拍子抜けしてしまった。でも山を二つに割ったきれいな峠だ。案内板、峠の碑、歌碑、ベンチ....、何一つ余計な物がなく、それがまたこの峠の素朴さ、魅力を引き立たせているようだ。峠の湾曲の真ん中に腰を下ろし、脚を投げ出してファイヤーガードでコーヒーを沸かす。まだ時間が早いから誰も来ない。贅沢な時間だ。
 史実では、この峠は豊臣秀吉の小田原遠征の際に開かれたという。
 静岡側への下り路は、概ね良く締まっていて走りやすいし歩きやすい。蔦の細道同様暖かい感じで雰囲気が良かった。集落に下りる直前の一区間だけがガレた悪路だった。
 宇津ノ谷集落に下り切る前に見つけた馬頭観音2体。心の中で静かに手を合わせる。そういえば今回のパスハンで、道端で馬頭観音を見かけたのはこれが初めてだ。歴史ある峠路なのに...、私が気が付かなかっただけなのだろうか。
 宇津ノ谷集落の様子。江戸時代の面影を留めている宿場町だ。手前左側は「御羽織屋」。豊臣秀吉から綿入り紙衣の羽織をもらったことからその名が付いたのだという。

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