国 士 越

静岡県天城湯ヶ島町−中伊豆町
2002.8.4

周 辺 図 へ


 早朝の天城湯ヶ島町役場に車をデポ。くそ暑い中、国道414号線を南下し、左手に郵便局が見えてきた辺りで左折し、県道59号線に入る。特に標識はないが、どこで左折しても結局59号線に行き着くのであまり気にする必要もないだろう。
 峠側の最後の集落である長野の手前にあった道祖神を写す。結構昔からある峠路のようだ。
 長野集落の中を走る。かなり勾配がきつい。低ギアでダンシングしながら上る。
 集落の外れの橋にて懐かしいものを見つけた。お盆の時にご先祖様をお迎えするために作る茄子とキュウリの馬だ。私も子供の頃は毎年作って、仏壇と玄関に置いたものだ。いつ頃から作らなくなったんだっけなぁ。と感慨に浸っているうちに一つ疑問が湧いてきた。でも今日は8月4日、お盆にはまだ早いし....。
 そこに集落のお婆さんが「それ、珍しいですか。」とにこにこしながら話しかけてきた。疑問点を尋ねてみると、次のことがわかった。この地域では昔から養蚕が盛んに行われていた。8月初旬は蚕はまだ小さいが、お盆の頃の8月中旬になると蚕は大きくなり、世話で忙しくなる。だから通常8月13,14,15日に行うお盆の行事を、ここの人達は8月1日にやってしまうのだそうだ。なるほどねぇ。1日だろうが14日だろうが先祖の霊を大切に敬い続ける心を忘れないのは大切なことだと思った。
 長野の集落を抜けると辺りの景色はぐっと山の中となる。勾配もそこそこきつくなってくるが、取り立てて騒ぐほどでもない。いつも通りインナーに落とし、ちょこちょこペダルを回しながら上る。
 幾つかのカーブをクリアし、峠に到着。久々の峠行にしては何とかばてずに上ることが出来た、と一人ほくそ笑む。ボトルの水をがぶがぶ飲んだあと、峠の看板の前で記念撮影。看板には「名勝 国士峠」とあり、裏には「上杉憲政の子竜若丸の遺骸を輿にさげて通った峠」と書かれてある。このことからこの峠のことを「輿提峠(こしさげとうげ)」と呼ぶようになり、それがなまって「こくしとうげ」になったのだそうだ。どこがどうなまると「こしさげ」が「こくし」になるのかは聞かないように。地名縁起なんてえてしてそんなものだから。
 峠全景。進行方向から写す。自転車は同じ位置。写真からもわかるとおり、峠は山と山の鞍部に位置しておらず、中腹をグルッと巻いているタイプだ。きっと旧峠があると思うのだが、地形図から正確に判断することは難しい。今後の研究課題としよう。
 峠を下る。全舗装なのですっ飛ばせて気持ちがいい。大見川沿いには広範囲に渡ってわさび田が広がっている。よし、土産に少し買っていくとするか。
 国士越の東側に位置する筏場集落に到着。開放的で明るいイメージだ。色々観察しながらのんびりと下っていく。

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