恋 路 峠

−悲恋の峠路−

東京都八王子市館町−町田市相原町
1998.1.30

 この道の歴史は古い。鎌倉時代に開かれ、多摩丘陵を越える鎌倉古道のうち、最も山沿いを通る道だ。横山道、秩父道ともいう。
 八王子千人同心、原半左衛門の娘とその奉公人が、御法度の身分違いの恋に落ち、駆け落ちしてしまった。しかし峠まで逃げてきたところで追っ手に捕まり、二人は永久に引き離されてしまった。後に誰からとなくこの峠を「恋路峠」と呼ぶようになった。

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 現在の峠。町田街道が通り、それに館が丘団地から延びてきた道とぶつかって三叉路になっている。交通量が非常に多く、峠付近には団地、学校、清掃工場が建ち並び、昔の面影は全くない。
 峠は別に「恋路の坂」、「越路の坂」ともいうが地図上に表記されたことはなく、この悲恋の物語も伝承者がいなければ、何時しか忘れ去られてしまうだろう。
*八王子千人同心
 近世初頭、甲州口防備・北条旧臣監視の目的で、徳川幕府の命により設置された千人から構成される半士半農の軍事集団。(八王子事典より)

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