田 代 峠


 花立峠のときと同じ、陸羽東線の羽前赤倉駅に車をデポした。空は今にも雨が降りだしそうな天気だったが、何とか持ちこたえてくれることを祈って走り出す。国道47号線を南に曲がり、赤倉温泉に向かう。ここは奥の細道の山刀伐峠にいく道で、沿道の杉並木が立派である。赤倉から右に折れ、狭い温泉街の小路を抜けるといったん広い道路に出るが、すぐに道幅はその三分の一に狭まり、舗装も終わり、田代林道の始まりとなる。
 林道は最初、田圃の中を走るのどかな気持ちのいいフラットな路である。やがて路がアップダウンを繰り返し始めると、朝日開墾に着く。
 広大な土地に広がる田圃。そして民家も散見される普通の集落なのだが、通る人も農作業をしている人もいない。まるで村全体が神隠しにあったような感じで、ちょっと不気味だった。
 朝日開墾を過ぎると田園風景が一転して杉並木となり、そして「山の中」となる。次から次へと風景が変わって飽きないのだが、路はこの頃から悪くなってくる。バラスが増え始め、轍が深くなり、勾配もきつい。おまけに雨まで降ってきた。偽峠に騙されながらも乗ったり押したりを繰り返し、やっと峠に着いた頃にはどしゃ降りになった。
 峠は広場になっており、その片隅に小さな碑が立っている。「紙西一等空尉、愛機と共にこの地に」。追悼碑のようである。ここに墜落して死んだのか、それとも殉職して生まれ故郷のこの山に戻ってきたのかはわからない。激しく降る雨の中、そっと手を合わせて峠を下った。
 下りは散々だった。雨でブレーキが効かず、おまけに急勾配で、バラスの海に転倒すること数回。地図に載っていない林道が幾つも派生しており、コースミスをすること3回。山形側に比べ、案内標識が不充分だからということもあるのだが、そのいずれもが、冷静に地図を検討すればすぐわかるような路ばかりであった。一体今日はどうしたんだろう。いつもの自分じゃないな、と、いい加減嫌になってきた頃、ようやく鳴子の温泉街が見えた。胸をなで下ろして日没直前の鳴子駅に滑りこんだ。

後日談: 実はこの田代峠というところ、UFOが頻繁に出没するところとして有名なのだそうだ。寮母さんから聞いた話なのだが、或る日、UFOの学術調査隊が田代峠を車で上っていたところ、急に霧が濃くなり、その中から一人のばあさんが現れて「ここから先へ行ってはいかん!」と、通せんぼして睨つけたそうである。しばらく睨み合いが続き、一行が困り果てているといきなり霧が晴れ、そのばあさんの姿も消えていたそうである。たったこれだけの話しなのだが、妙にリアリティーがある。出発前にその話を聞かないで本当に良かったと思った。
 とすると、朝日開墾の人々は、実は宇宙人に連れ去られたのであり、紙西一等空尉の死の原因は空飛ぶ円盤と衝突したことなのかもしれない。私が峠の下りで散々な目にあったのも宇宙人の仕業で、きっと空から混乱している私を見て大笑いしていたに違いない。えぇい!腹が立つ。


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