旅立ち・・・・関山峠

(東根市〜宮城県宮城町)


 まず初めは県境の峠から攻めようと思った。車では何度も通ったことのある勝手知ったる関山峠ではあるが、もちろんそんな新道には興味がない。当然旧道を走りたい。地図で見ると距離的にもたいしたことはなく、なまった身体にとって最初の峠としては適当であると思った。

 山形側の新トンネルの前にある駐車帯に車をデポし、自転車を降ろして旧道の入口まで下る。途中、前ブレーキワイヤーをかけ忘れた事に気付いて青くなる。フットブレーキでかろうじて止まったが、ワイヤーをかけながら「これではまるっきりの初心者だな」と思わず苦笑い。気を引き締めて、分岐点から旧道にはいる。

 いきなりダートだが、よく締まったいい路である。勾配も緩やかなのだが、ぶくぶくと太ってしまった身体にはペダルが重くて仕方がない。すぐにアウターからインナーに落としてのんびり進む。途中、結構大規模な道路陥没や土砂崩れの後に出会う。自転車ではなんとか越せるが、自動車では無理だ。土砂崩れで斜めに道を横切った斜面から草花が自生しており、この路がもう何年もの間、修復されていないことを物語っている。ようするに廃道になってしまっているのだ。

 大学時代はこんな廃道や、これでも路か、とおもえるような林道に喜々としてよくでかけたものである。土砂崩れなどに出会うと、さあどうやって越えようか、と思案を巡らせることが楽しくて仕方がなかった。今考えると無謀と思われることもかなりしたが、これも若さゆえ、である。いい思い出だ。いやいやいい思い出だ、などというほど自分はまだ老け込んではいないぞ。現にこうして今自転車にまたがって頑張っているじゃないか。などと思っているうちに路はどんどん荒れてきて、いつの間にか枯れ沢の中を走っているような感じになる。エイヤッ、ウワーッ!荒れた轍から出ようとして、バランスを失ってひっくり返ってしまった。上りで落車とはみっともない、とまたまた苦笑い。先程から息が切れてきたので、とても乗って登れる道ではない、ということをいい口実にのんびりと押すことにした。汗びっしょりの身体に風がとても気持ちいい。道に沿ってどこまでも延びる、役目を終えたガードレールに哀愁を覚え、時折上からパラパラと落ちてくる小石にハッとして振り向き、しかし、小鳥の囀りに元気づけられながら何とか峠についた。

 少し霧がかかってきたため、辺りの緑は凄みを増し、そのなかでトンネルは他次元への入口のように、ぽっかりと黒い口を開けていた。ここに人が訪れたのは何年振りであろうか。

                涼しさや羽前をのぞく山の穴

                とんねるや傘にしたたる山清水 

   この二句は、あの正岡子規が東北遊説の旅に出た際に、この峠の茶屋に腰を下ろして詠んだ句である。夏の暑い盛りに吹きこんできた涼風のようなさわやかさを感じる句なのだが、その風情もまったく感じられない。廃道なんだから当たり前か。しかしやはり一抹の寂しさを感じてしまう。

 感傷に浸っていたら、すっかり身体が冷えてしまった。ちょっと不気味だったが、トンネルを通って仙台側に下ることにする。トンネル内部は、路面が水びたしであることを除けばそう荒れてはいない。水しぶきをバシャバシャあげながら出口に到着したところが、ワッ、何てこった!出れないじゃないか!なんと仙台側の出口は下に車止めがあり、その上にちょうど牢屋の様に鉄柵があって、押しても引いてもびくともしないのである。鉄柵越しに見た仙台側はいよいよ霧が深く、出がけに聞いた関山峠の幽霊の話しなんかも思い出して背筋が寒くなってしまった。振り向けば今通ってきたトンネルの入口がやけに遠くに感じられる。とにかく引き返すしかない、と思った後の行動は早かった。トンネルを駆け抜け、峠路を駆け下り、陥没した場所をすり抜け、崩壊地をよじ登り、あっという間に新道との分岐点に出た。

 人間は得体の知れない恐怖心にかられると、あれだけ苦労して上ったガラガラのひどい路でもなんとか上手に下れるものなのである。とにかく新トンネルまでの緩やかな上りもインナーでよたよたと上り、デポ地まで戻る。

 こうなると仙台側の峠路も見てみたい、と思うのが人の常。車で新トンネルを抜け、仙台側の駐車帯でふたたび自転車を降ろす。仙台側の旧道への入口はガードレールで車止めがしてあり、それを乗り越えて先へ進む。いきなり、という感じで山道となり、こんなところを昔自動車が通っていたとは・・時々草の間から顔を出す汚れたガードレールがなければとても信じられない。

 路は倒木あり土砂崩れありで、最初のうちこそ担ぎ上げたりして頑張っていたが、約3年振りに運動らしい運動をした自分にとってはもう限界だった。峠についても向こう側に下れる訳でもないし、それに何よりもまたこの路を引き返すとなると・・。という訳で途中で戻ることにした。

 デポ地に戻り、自転車を車の屋根に乗せ、ザックをトランクにほうり込み、運転席に腰を下ろしてホッと一息。汗で濡れて冷えた背中がなんとも心地好い。走った距離はほんの5〜6キロと短かったが、最初のランにしては、押しあり担ぎありで非常に長く感じた関山峠であった。いい汗もかいたし、最初のランは大成功だ、と満足した心と裏腹に、笑い疲れてしまった膝と腿をだましながら山形に向けてアクセルを踏んだ。
 この日のビールはもちろんうまかった。

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