笹 谷 峠


 関山峠を走ってきた日に行ってきた。自動車はほとんど新トンネルを通るため、旧道は自転車天国である。全線舗装の快適な路だが、圧巻は峠中程にある九十九折の路だろう。下から見上げると山肌をガードレールが幾重にも段々になって埋めており、なんだこれ、全部路なのかな?と思ってしまう。峠はなだらかで注意していないとやり過ごしてしまうかも知れない。山形県側が広場になっており、その入口に上山市出身の斎藤茂吉の短歌の碑がある。
            ふた國の
            生きのたづきの
            あひかよふ
            この峠路を
            愛しむわれは
なかなかいい歌で気に入っている。91年の終わり頃にはこの下の笹谷トンネルに高速道路が通る。ますます旧道は寂びれてしまうだろうが、永く残しておきたい路である。

笹谷峠伝説: 山形の国守の姫の琴の音にひかれ、松の精が美青年に姿を変えて訪問。愛の契りを結ぶようになったが、ある夜別れに訪れ、明朝松がきこりに切られて宮城県側へ運ばれて行くことになったとして、「我が身が切り倒されても、あなたが私の上に乗って動けというまでは一寸たりとも動くまい。」と涙をこぼした。
 翌朝松は切り倒されたが、前の晩の松の精の言葉は本当だった。何十人がかりでもびくとも動かなかった松が、阿古耶姫の「動いてやって。」の一言で動いたのだ。胸ふさがれる思いの姫は笹谷峠まで見送って行ったが、頂上で何度も松と話しを交わして名残を惜しんだ。これを見た人々が、「姫が松とささやきを交わしている。」と言い、以来この峠はささやき峠、ささや峠、と言われるようになったという。(「山形の峠」より)


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