猿 羽 根 峠


 毒沢のバス停裏の空き地にデポする。すぐ脇にある林道を上っていく。最初は路の状態も良かったので鼻唄交じりで呑気に走っていたのだが、恐れていた通り除雪されておらず、途中から雪中行軍となる。雪はユルユルの状態で、膝まですっぽりと潜ってしまう。ヒーヒー言いながら峠に着く。林道上の峠は広い三叉路になっていて、余りおもしろくない。この路も三島通庸が作ったものだという。
 峠を少し下ると猿羽根地蔵の鳥居が見えてきて、その横に斎藤茂吉の木の歌碑がある。この歌もなかなかいい。
          たうげにはいづる水あり既にして
                微かなれども分水界をなす  茂吉
鳥居をくぐって石段を自転車を担いで登って行くと、そこが猿羽根山地蔵堂であった。このお地蔵様は一度参れば二度願いがかなう、と有名なところである。さっそくお願い事をする。ここには相撲場や小さいながらも遊園地もある。4月8日の春祭りと8月26日の縁日のときにはかなり賑わうそうだ。
 余談であるが、松尾芭蕉は奥の細道の旅で、山寺に立ち寄った後、この峠を越えて新庄に抜けている。しかし、山刀伐峠同様この猿羽根峠でも一句も残していない。

名前の由来: 延喜式(905)には避翼(さるはね)の名で現れる。また猿翼とも書き、吉田東吾博士の大日本地名辞書には、「峡流の両岸迫感して山猿も一跳にして渉るべきに起こるか」とある。また東北北部に佐羽根、佐羽内など似通った地名の多いことから、アイヌ語説を主張する人もいる。(「山形の峠」より)


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