山 刀 伐 峠


 その遠望が猟師や農民のかぶる帽子「なたぎり」に似ているのでこの名が付いたというこの峠は、松尾芭蕉の‘奥の細道’に登場する、あまりにも有名なところである。
 「高山森々として一鳥声聞かず、木の下闇茂りあひて夜行くが如し。雲端につちふる心地して、篠の中踏み分け踏み分け水を渡り岩に蹶て、肌に冷たき汗を流して、最上の庄に出ず」と、厳しい峠越えの様子を記している。よほど辛かったのであろうか山刀伐峠に関する俳句は一つも残していない。やはり身体と精神が安らかなときでなければ名句は生まれてこないのだろう。しかしこの峠路は、当時最上小国地区から尾花沢への要路であり、出羽三山信者が通り、南部駒等の移入もあり、茶屋もあったはずで、芭蕉が書き残したほど険しく、寂しい峠路ではなかったはずだ。雨上がりの後、一気にこの峠を越したため、疲労が激しかったのでこの様な文章になったのであろう、というのが通説になっている。 尾花沢側の旧道入口の非常駐車帯に車をデポして走り始める。といっても走ったのは最初だけで、雪深いため押して上る。旧道は道が狭いため、最上側から上って尾花沢側に下る一方通行路になっているのだが、今日は逆行しても差し支えないだろう。
 多分かもしかであろうか、小動物の足跡を右に左に追いながら黙々と歩く。当然のことながらすっかりと葉を落とした木々がいい雰囲気を作りあげていた。後少しで一斉に芽吹くのだろう。今、山はそのためのエネルギーを静かに貯めているのだ。
 峠は広場になっている。以前車で来たときには小さいが立派な碑が一つあるだけだったのだが、今ではきれいな公衆トイレができていて、車を駐車するための白線も引かれていた。去年の芭蕉ブームによるものだろうが、来る度に俗化しているようだ。本当の峠はここから階段を上がったところにあるのだが、雪が深くて行くことができなかった。

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