陽 春・・・・十部一峠

(寒河江市〜最上郡大蔵村)


 寒河江と鶴岡を結ぶ国道112号線の六十里越を下辺とし、新庄と酒田を結ぶ最上川沿いの国道47号線を上辺とする。そして国道13号線の羽州街道を右辺に取り、左辺を国道7号線の浜街道とした四角形を作る。こうしてできた四角形の中には、月山、湯殿山、羽黒山、葉山といった山形を代表する名峰が連なる月山山系が占めている。この険しい山系を何北に貫通する唯一のルートが、十部一峠越えの路なのである。この路の峠の付近は少し前の地図では点線の山道として表されており、林道が開通したのもごく最近のことであるようだ。月山が素晴らしくきれいに見える峠として早くからその名前は知っていたが、やっと念願かなって行くことができた。

 今回は周回コースが取れないため、3ヶ月後に結婚する予定の婚約者に、峠を下ったところにある肘折温泉まで車を回送してもらうことにした。幸生の集落のはずれの橋の袂で車を降りる。彼女は国道を迂回して肘折へ。

 幸生(さちゅう)というなんとも響きのいい名前のの集落を後にして走り始める。最後の集落の柳沢まではきれいに舗装されているが、後は地道だ。路は雪解け直後という感じでグチャグチャで走りづらいが、青く晴れ渡った空がやる気を奮い起こさせてくれる。
 採石場のあるオオスベサワ橋を渡ると通行止めのバリケードがあるが、突破して先へ進む。路は熊野川(ゆうのがわ)に沿ってノターッと緩いカーブを描きながらじわじわと上っている。雪解け水のせいであろうか、川は水量が多く、岩を飲みこむようにして流れ、渦を巻いている。すごい迫力だ。ゴゴーッという水音が葉を一枚もつけていない木々で埋め尽くされた山々にこだましていた。
 幾つ目かのカーブを曲がると、いきなり道路の左側に石塔が幾つも林立している場所に出る。これはかつて熊野川沿いにあった幸生銅山で働いて死んでいった無縁仏の群れである。幸生銅山は天和二年(1682)から明治にはいるまで、何度も廃山の憂き目に合いながら細々と粗銅を産出してきたところである。
 落磐事故で死んだのか、あるいは寿命が尽きて死んでしまったのか。よその場所から流れてきて辛い労働に従事し、ついには故郷の地を二度と踏む事なく死んでいった人たち。ある石塔は倒れ、雪に埋もれていた。自転車から降りてそっと手を合わせる。その時、熊野川の音がやけに大きく頭のなかで響いていたのが印象的だった。幸福が生まれるところと書いて幸生と読む。なんとも皮肉な光景であると思った。

 さらに進むと道幅は少し広がり、広場のような場所に出る。ここには湯殿山と書かれた石碑のほか、三つの石碑が‘何気なく’という感じで置かれていた。古い峠路ならではの光景である。

 石碑群を過ぎると路は熊野川を離れて山をググッと上っている。おまけに前日に降った雪が積もっていて路は真っ白になっている。しかしここから峠までは大部分が舗装されていて、雪も新雪なので乗って行けないことはない。キュッキュッと雪を踏みしめながら上って行く。
 この路からの景色はいいはずなのだが、除雪された雪が路の両側にうず高く積み上げられていて、まったく下が見えない。冬期オリンピックの種目にリュージュというのがあるが、あのコースを下から自転車でエッチラオッチラ上っているという感じである。

 冬枯れの景色を楽しみながら上り、寒さで遠慮していてなかなか出て来なかった汗がじわじわと出てきた頃、ようやく峠に立った。峠もまた雪の壁に両側を阻まれていて全く展望は効かなかった。東側に、葉山に通じる山道が延びているはずなのだが、これもまた雪の中である。峠の看板もあるはずなのだが、冬なので取り外されてしまっているらしい。ファイヤーガードでコーヒーを沸かし、弁当を食べて、しばらく白一色の世界に身を委ねていた。

 ところで路が作られるとき、そこには必ず理由がある。そのほとんどが、生活のために作られるのである。この十部一峠路も、もちろんそういった理由もあるのだろうが、それ以上に寒河江から肘折に行く湯治の路、そして葉山に行くための修験の路としての性格が強いそうである。
 出羽三山とは、一般的には月山、羽黒山、湯殿山の三つを指すのだが、古くは湯殿山ではなくて、葉山を入れていたそうである。別に出羽三山の定義にこだわる積もりはないが、これからも葉山は月山や羽黒山と同じように修験の山として賑わっていたことが容易に推測できる。したがってこの十部一峠路は、生活の路である以前に信仰の路として切り開かれたと考えていいと思う。

 なお、幸生銅山、そして大蔵村側にある永松銅山とのからみで峠路に番所が置かれ、十分一役銀を徴収したことが名前の由来であるという。そういえば古い地図や本には十分一峠と表記してある。なぜ「十分一」が「十部一」になったのかはわからない。

 峠を下る。雪が積もっているのでそろそろと。ところが最初のカーブを曲がったところでいきなり雪の壁に出くわしてしまった。「なんじゃこりゃぁ!」思わず口にだして、舌打ちをしてしまった。その高さは3メートルはあろうかと思われる雪の壁。大蔵村側は全く除雪されていなかったのである。ある程度予想していたこととはいえ、これほど積もっているとは思わなかった。苦労して雪の上に登って少し歩いてみる。ふくらはぎくらいまで足が沈むが、何とか行けそうだ。ふたたび下に降りて、一二の三!で自転車を雪の壁の上に投げ飛ばす。こういうとき自転車が軽いと本当に助かる。そしてもしものときのために買っておいた「かんじき」を履く。
 このかんじきはプラスチック製で、その名も「スーパーカンジキDX」という。農協で初めて見たときは大笑いしてしまったのだが、まさかそれを本当に使うとは思ってもいなかった。
 さすがに「スーパー」というだけあってくるぶしぐらいまでしか雪に潜らない。しかしこの寒い中、半袖のシャツ一枚で、かんじきを履いて自転車を押す姿を見たら、人はなんて思うだろうか?

 路は逆バンクあり、そのまま斜面になっているところありで非常に神経を使って疲れてしまう。路がどう付いているのか理解できないようなところもあって、慎重に進む。雪屁に落ちたら大変だ。

 いい加減疲れて嫌になってきたとき、何気なく後ろを振り向いてアッと息を飲んだ。月山だ!いつも見慣れているはずの月山だが、こんなにま近に見るのは初めてだ。また、こんなにきれいに見えるのも初めてだ。夢中になってカメラのシャッターを押す。しかしこの山の別名を臥牛山とはよく言ったものである。鳥海山とは全く対照的に、平べったく、牛のようにでーんと寝そべっている様は、まさに‘大地に根ざす’という感じである。こんなにきれいな月山を見れただけでも、この峠にきてよかったと思った。

 月山の雄姿を見て、一度は体力も回復したが、それも長くは続かなかった。大師峠を越えても路の状態は一向に変わらない。下りでこんなに苦しむのは記憶にないことである。上りではかかなかった汗が下りで噴き出してきてびっしょりである。意識も朦朧としてきた。気がついたらいつの間にか広場のようなところを歩いていた。あれ、こんな所あったかなぁ?と、回転の止まった頭を無理やり回して考える。さっと血の気が引いた。しまった!ここは路じゃない!雪が降り積もった谷の上を歩いていたのだ。ソロソロと山側に歩いて行き、コンクリートの壁に手をついた途端、ホッとして両ひざを雪の上に落とし、座り込んでしまった。

 それからは少し進んでは立ち止まって休み、また少し進んでは休み、を繰り返す。変な歩き方をしていたので腿の付け根が痛くなってきた。危険信号が灯り始めた頃、白一色の視界の中に茶色い線が見えてきた。ん!もしや!と思って、最後の力を振り絞って走る。 やっぱりそうであった。神は本当にいると思った瞬間である。雪の上から転がるようにして落ち、座ったままかんじきを外して煙草に火をつける。紫煙をくゆらせながらやっと終わったな、と安堵の溜め息をつく。肘折温泉では彼女が待っている。急がなければ。乗車して一気に下る。

 考えが甘かった。最初のきついカーブを越えた途端に急ブレーキ。そして転倒。目の前にはかなり大きな土砂崩れがあったのだ。それも一箇所だけではない。下に谷からの巻き戻しの路が見えるのだが、少なくとも5,6ヶ所、同じような規模で連続して発生しているようだ。
 目の前が真っ暗になったが、あの路を引き返す気などさらさら無い。意を決してよじ登る。しかし足を踏みはずして地面に叩きつけられる。上から自転車が降ってきて、よけようとしたがハンドルが口に当たる。神はやっぱりいなかったと思う瞬間であった。開き直って道端の雪を集めてコーヒーを沸かす。そして再び煙草に火をつける。煙草というのは不思議なものであると思う。どんなに気持ちがいらついているときでも、どんなにひどい目にあっているときでも、一本吸えば心のもやもやがいっぺんに消えていく。今回もそうであった。まず気持ちを落ち着かせて、体力の回復をはかる。そして一気に最挑戦!
 一つ、二つと土砂崩れを乗り越えていく。自転車を引きずり上げ、ずり落とす。目に見える範囲での最後の土砂崩れを乗り越えた後はもうへとへとだった。

 再び乗車して下る。しかし今までが今までなので、気を許せない。案の定また土砂崩れの連続している区間があった。やけくそで乗り越える。そんなことを繰り返しているうちに、道端でエンジンをかけっ放しの車を見つける。瞬間的に、やった!この先はもう大丈夫だ!と思った。一気にすっとばす。眼下に肘折温泉街が見えたときは、本当にホッとした。上りで一時間半、下りでは実に四時間をかけてしまった。
 肘折温泉の駐車場では彼女が心配そうに待っていた。泥だらけの服を着替えてタオルで顔を拭き、シティーボーイに変身して二人で温泉街に繰り出す。そしてゑびす屋で部屋を借りて、温泉に入った。ここは混浴と家族風呂の二つがある。私としてはぜひとも混浴風呂に入りたかったのだが、偵察にいった彼女が、混浴のほうには女の人しか入っていない、ということで、私一人だけが家族風呂に回されてしまった。反論したが、聞く耳をもっていなかった。

 広い湯船を一人で占領してどっぷりと湯に浸かる。さっきまで雪や土砂と格闘していたのがまるで嘘のようである。疲れが徐々に癒されていく。気持ちがよくてこのまま寝てしまいそうだ。目をつぶると今日の出来事が次々に頭の中に蘇ってくる。気持ちのいい上り、峠での食事、月山の雄姿、かんじきを履いての雪道歩き、土砂崩れを前にしての絶望、眼下に広がる温泉街、そして駐車場で待っていた彼女の笑顔。そこまで思い出したら、もう頭のなかでは次にいく峠のことを考えていた。どんなにひどい目にあっても、私はこういったことが本質的に好きなのである。

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