花 立 峠


 山形の夏は沖縄の夏より暑いということを皆さんはご存じだろうか。もちろん一年間の平均気温では沖縄のほうがずっと高いのだが、山形には最高気温40.8度という化け物のような日本記録があるほどなのである。この時にはアスファルト道路がふにゃふにゃになり、狂い鳴きするセミがぽとりぽとりと落ちていき、池の温度が上がり、鯉が白い腹を見せて次々と死んでいったという。もちろんこんな日は夏の数日だけだし、東京のようにネトーッという暑さではないのだが、過ごしにくいことには変わりがない。こんな日は喫茶店やデパート、パチンコ屋といった冷房をガンガン効かせている店が大繁盛し、出無精の人たちはエアコンの効いた家のなかでじっとしている。従ってこんな日にわざわざ自転車で、汗水垂らして峠に走りに行こうなどと考える輩はよほどの変わり者と言える。
 やはりこの日もうだるように暑かった。羽前赤倉駅に車をデポして走る。最上町の中心部である向町から北東に進み、県道最上・鬼首線にはいる。馬頭観音などもあり、峠路らしい雰囲気だ。路は最初はきれいに舗装された2車線道路だが、急坂をよいしょと上ると路幅は急に今までの三分の一になり、そこから500メートルほど進むと待ってましたとばかりに地道となる。
 ここから先の道程は本当にきつかった。ただでさえバラスが多く、勾配もあるのに、この暑さではどうしょうもない。ちょっと踏んばっただけでもすぐ汗びっしょりになり、吐く息さえも熱く感じる。自動車の通行がほとんどなかったことがせめてもの救いだった。乗ったり押したりを繰り返しながら進む。周りの景色は緑一色。むせ返るような緑とはこういうことをいうのか、と変に納得してしまう。
 峠は広場になっており、パラグライダーのグループがここに車をおいて、器材を担いで禿(かむろ)岳に登って行くところだった。宮城県側を見下ろすと禿高原がブァーッと広がり、女性的な風景である。山形側と対照的なこの風景は中津川林道の三国峠とよく似ていると思った。また、その高原の中を一直線に延びている路が見える。あの路を下って行くのかと思ったら、嬉しくて震えてしまった。
 ところで、本来の花立峠は峠の碑がある広場よりもう少し山形側に戻ったところにある。その脇の石壁には青ペンキが引かれていて、ここを境にして道は下っている。従ってここが県境だと思われる。
 ダウンヒルは最高だった。高原の中を一直線に下る気分は「夏を一人占めにしている!」という感じである。途中、これまた夏らしい雷雨に出会い、オーバーヒートした身体を冷やしてもらったが、鳴子駅に着く頃には身体も自転車もすっかり乾いていた。思いっ切り「夏」を感じた一日だった。

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