小 鹿 坂 峠

埼玉県秩父市
2001.1.6

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 JR秩父駅から走る。ほぼ真西に進み、荒川に架かる秩父の新名所、秩父公園橋を渡って対岸の寺尾に取り付く。全長530メートル。斜張橋としては日本一なのだそうだ。
 さて、目の前の山々が通称「長尾根」と呼ばれているところ。目指す小鹿坂峠はこの橋の直線上にあるはずだ...。しかし真っ平らで一体どこに峠があるのやら...。
 最初は新道から上り始めたが、途中から旧道を上ることにする。旧道といっても全線アスファルトで舗装されており、車一台通れるくらいの道幅だ(実際は階段もあるので、自動車の通行は無理)。おまけに何度も新道と交差しているため峠路は細切れ状態になっていて、残念ながら風情は感じられなかった。勾配がきつく、風情なんか感じる暇がなかったことも事実(^^;
 距離は短かったのだが最後は遂に「押し」となり、汗ばんできた頃に秩父札所23番の音楽寺に到着。写真中央が観音堂。左手前が六地蔵。右側の赤い屋根は鐘楼。なかなか落ち着いたいいところだ。ここからの秩父市街地の展望は素晴らしい。
 その鐘楼の右横に、有名な「秩父困民党無名戦士の墓」の石碑がある。そこにはこう書かれてある。「我ら秩父困民党 暴徒と呼ばれ 暴動といわれることを 拒否しない」
 明治17年11月2日未明、刀や竹槍を手にした3000人もの農民達が小鹿野町から小鹿坂峠を一気に越え、秩父大宮を目指して駆け下りていった。その時、音楽寺に立ち寄り、銅鐘を乱打していったという。その鐘は上の写真の赤い屋根の下に今もそのまま残っている。自由民権運動を語るとき、秩父事件を外すわけにはいかない。そして秩父事件を語るとき、音楽寺と小鹿坂峠は必ず出てくる。音楽寺と小鹿坂峠は自由民権運動の象徴といっても過言ではない。
 観音堂と鐘楼の間に一本の山道が延びている。これが小鹿坂峠路だ。竹林の中、久しぶりの土を踏みしめて峠を目指す。ちなみに観音堂と六地蔵の間の小径を登ると、これまた有名な十三地蔵が鎮座している。
 先ほどの峠路を登っていると、ピーク付近で尾根上を走るミューズパークの道路とぶつかる。そこを右に曲がって緩い坂を上っていくとヘアピンカーブとなる。そのカーブの外側付近が峠だと思われる。ミューズパークの建設によって山が削り取られてしまったのでこうなっているのか、元々このような地形なのかはわからないが、峠付近は真っ平らで、明確に峠の場所を特定することはできない。
 峠は広場となっていてベンチなどが沢山置いてある。市民の憩いの場となっているようだ。ベンチに腰を下ろし、誰もいない草原の中、一人静かにコーヒーを沸かす。21世紀最初の峠、今世紀もガンガン走るぞ!
 カーブの外側から延びている林道を下る。これが田村に下る峠路だ。他に、非常に不明瞭だが、支尾根を通って下る山道の峠路もある(倒木が目印)。この林道、道幅が広くて快適なのは最初だけで、麓に下りるに従ってガレガレの山道になる。ふかふかの落ち葉の絨毯は気持ちがいいが、道形を隠してしまうので注意が必要。
 麓の集落に下りる直前に見つけた馬頭尊の石碑。峠から支尾根を下る山道が本来の峠路で、この林道は新道かと思っていたのだが、そういう訳でもないようだ。いや、それとも山道が人間専用の急登の近道で、この林道は、もともと牛や馬を使った物資運搬用の道だったのかもしれない。ともあれ今世紀初めて出会った馬頭観音。静かに手を合わせ、今後の峠行の無事を祈った。
 馬頭観音からしばらく下ると田村の集落に降り立つ。当日は非常に天気が良く、日陰と日向の差がはっきりととデジカメで出てしまい失敗写真になってしまったが、実際は山里の雰囲気が良く出ていてとても絵になる光景だった。撮影だけの目的でまた訪れてみたいものだ。

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