笛 吹 峠

埼玉県嵐山町−鳩山町
2000.7.23

峠の案内板より
 「笛吹峠は、嵐山町と鳩山村の境にある峠である。峠を起点として板東十番の岩殿観音から同九番の慈光寺観音へ続く東西の道は、巡礼街道と呼ばれ、この峠を南北に貫く道が旧鎌倉街道で、かつて、数多くの武士団等が行き来した所であった。
 正平七年(1352年)閏2月、新田義貞の三男、義宗等が宗良親王を奉じて武蔵野の小手指が原で戦ったが、最終的に結末がついたのがこの峠の地であった。新田義宗等は越後に落ちていき、足利尊氏はこれ以後関東を完全に制圧していった。
 笛吹峠の名称については、この敗退の陣営で、折からの月明かりに宗良親王が笛を吹かれたことから命名されたという伝承がある。.....(後略)」

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 県道172号線から南に曲がった大蔵にて、使われなくなった井戸とポンプ。なんとなく心に残った光景だったので、しばらく進んだ後引き返してきて写真を撮った。こんな光景を見たのは何十年振りだろう。
 将軍沢にて。笛吹峠はかなり歴史があるようで、峠路にもその名残の庚申塔、馬頭観音、史跡等が新旧入り乱れて結構沢山ある。写真の庚申塔も「何気なく」峠路に置かれていた。
 そういえばここに来るまでに「縁切橋」という名前の小さな橋があった。坂上田村麻呂が征夷大将軍としてこの地に来たとき、心配で都から追いかけてきた妻を不謹慎だと叱りとばし、「今日で縁を切るから直ぐにここから立ち去れ。」と追い返した場所なのだそうだ。うーん、坂上田村麻呂もひどいが、それだけの故事で名所にしてしまうこの土地の人達も凄い。看板の大きさも半端じゃなかった。
 将軍沢から一旦下り、峠に向けて再び上り返す。と言っても勾配なんかあってないようなもの。道の周りも終始こんな林間の舗装路といった感じ。快適だが峠路としては非常に不自然だ。
 いつのまにやら峠に到着。まずはひときわでかい峠の碑の前で記念写真。峠は草原状になっていて、明確に山の鞍部を通っているわけではないようだ。この碑の前後から東西に山道が延びていて、ふるさと歩道として整備されている。
 峠全景。駐車場、公衆便所、東屋、ハイカー用休憩所、各種石碑が立ち並ぶ。民家(別荘?)まであるのにはびっくりした。それと大量のゴミ。がっかりしてしまう。
 鳩山町側の峠路。

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