中 山 峠

神奈川県秦野市−松田町
2001.6.2

周 辺 図 へ


 峠集落から降りてきて、本日最後の中山峠に向けて、渋沢の街の中を走る。ここもご多分に漏れず、歩道が狭い。何とかならないものだろうか。
 交通量の多い埃っぽい路を抜け、四十八瀬川沿いに三廻部(みくるべ)集落を走る。写真は住宅地の中なのだが、一軒一軒の家がとても大きく、竹垣、石垣がしっかりしているので、写真だけを見るとまるで山の中を走っているように見えるだろう。よく見ると家の造りも昔風で、豪族が集中して住んでいるような地域だ。
 同じく三廻部の集落内にて。写真は三猿がしっかりと彫られた庚申塔。青面金剛は字で書かれただけだが、この他にも道祖神等の石碑が多く点在している。結構歴史がありそうだ。
 峠路は勾配も緩く、路面もきれいに舗装されているので走りやすい。しかし峠三つ目ともなると、息切れが激しくなり、休み休み進む。私にとって麓から上って反対側に降りるノーマルな峠行は、時間的にも体力的にも、峠の印象を深く留めておく意味でも一日三つが限度のようだ。あぁ、歳はとりたくない... 。
 さて、峠路は「動物ふれあい広場」やら厩舎やら、動物系の施設が多い。写真の場所は地図にも載っているクレイン神奈川と峠路との分岐点。よく見ると下が中山峠への案内板になっている。峠には「中山峠」の看板はなく、峠名が書かれた案内板があるのはここだけだ。
 ピーク直前にある土佐原林道の竣工記念碑。この近辺に石仏があるらしいのだが、よくわからなかった。
 記念碑から一漕ぎした場所が中山峠だ。多分昔は山の鞍部に作られた峠だったのだろうが、写真の通り峠の南側の山はすっかり削られ、ゴルフコースとなっている。ぎりぎりまで峠路とコースは接近していて、「No.3 PER5」の文字ははっきり見え、クラブが切る風の音まで聞こえてしまう。峠道、峠自体もすっかり削られてゴルフ場に変貌し、消滅してしまった峠も数多くある。そんな中で中山峠は、峠自体はかろうじて残ったのだから、良しとすべきなのかなぁ。となるべくいい方に考えながら土佐原林道を下り、デポ地に戻った。

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